☆スガキコシステムズ
    ○寿がきや食品
    □ファイブレシピ

創業者
菅木周一年齢
昭和21年 3月
(1946年)
(18歳) ☆義兄森本弘次・兄菅木清一とともに名古屋・栄に「寿がきや」第一号店を開店
昭和26年 早春 (23歳) ☆甘党とラーメンの店「寿がきや」誕生
昭和32年 3月 ☆第2号店・新名古屋ビル店開店
昭和33年 4月 キャラクター「寿がきやスーちゃん」生まれる
昭和33年 11月 (31歳) ☆日本初の女性専門の店「女性センター」を毎日ビルに開店
「社是=女性に奉仕」とする
昭和34年 3月 ☆第4号店・名鉄百貨店屋上に開店
昭和34年 11月 ☆西川端に工場竣工
昭和35年 12月 ☆第5号店・豊田ビル店開店
☆第6号店・名宝ビル店開店
昭和37年 2月 日本初の粉末スープの素開発
昭和37年 9月 ☆新今池ビル店開店
昭和38年 4月 ○寿がきや食品株式会社設立
昭和38年 10月 ☆第8号店・柳橋ガーデンビルに開店
*200店を夢見る
*食のライフスタイル(外食と内食)への貢献、食を通じてのお客様の普段の生活
  に役立つ企業になりたいと思う。
チェーンストア経営との出会い
日本リテイリングセンターチーフコンサルタント渥美俊一氏と面談
「寿がきやは食堂業として唯一チェーン化できる企業との評価を得る」
チェーンストア経営の勉強を始める
昭和39年 6月 ○寿がきや食品・小牧工場竣工
※寿がきや商事(株)=〔ふらんせ〕創業、婦人ファッションへ進出・・・
 食のみでなく衣の分野でも女性に奉仕。
昭和40年 12月 (38歳) ○オーケー食品株式会社設立、同工場竣工
 世界一の規模であるうどん工場・うどんシェア日本一を目指す。
昭和43年 10月 (41歳) 食品経営大企業化の為の出発セミナー(JRC)
「食堂チェーン2,000店をつくりたいと考える」
昭和44年 10月 (42歳) ☆ユニー大曽根SC4階に出店 チェーン化第1号店 チェーン化元年
昭和50年 9月 ☆第100号店開店(直営店数日本一)
昭和52年 3月 ☆名古屋に本格的コミッサリー竣工(名古屋工場)
昭和60年 2月 ○小牧第2工場竣工
いよいよ真の チェーンストア、総合食品メーカー へチャレンジ
平成1年 6月6日 (61歳:急逝)
平成1年 6月 新生寿がきやグループ誕生
*菅木伸一社長就任(34歳)
☆「チャレンジ 3,000店舗へ!」
平成3年 9月 CI導入宣言
平成3年 10月 ○オーケー食品(株)合併=豊明工場竣工
平成4年 9月 ○中国・大連にて「大連寿賀食品有限公司」設立
平成6年 2月 Tomorrow21 全社員大会
スガキコ宣言(新生スガキコグループのデビュー)
平成6年 10月1日 ☆社名変更 株式会社寿がきや から スガキコシステムズ株式会社へ
新グループ名を「スガキコグループ」に名称変更
平成6年 12月 ☆台湾・陸仕企業グループと合弁契約
 「陸仕寿賀喜屋股有限公司」設立
平成7年 3月 ☆台湾・高雄市建工路にパイロットストアー開店  台湾省での400店舗チャレンジ
平成10年 9月 □株式会社上海湯包公司を設立 「上海湯包小館」1号店を栄南地区に11月オープン
平成11年 12月 「シナボン」(シナモンロール専門店)1号店を東京・吉祥寺にオープン
平成12年 12月 ○豊明工場ISO9002認証取得
平成13年 12月 ☆名古屋駅エスカ地下街に寿がきや1号店を再現した「こだわりのラーメン専門店」オープン
平成14年 2月 □株式会社 上海湯包小館を株式会社 ファイブレシピへ社名変更
平成14年 5月 □上海湯包小館を東京・銀座に関東1号店をオープン
平成15年 8月 ☆名古屋テレビとのコラボレーシュンにより「どですかラーメン」発売
平成16年 3月 ○ISO9001:2000 豊明工場・本社商品開発本部 認証取得
平成18年 3月 ☆創業60周年を迎える
平成18年 3月 □東方美人小館をイオンナゴヤドーム前SCにオープン
平成18年 7月 ○本社工場(豊明市)竣工

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